ひょんなことから檜原村藤原の春日神社拝殿に掛かっている大きな天狗面を知り
是非とも拝見したくゼンザブロニカS2を持ち出して出発。
恒例の五日市は「うめや」で弁当を仕込み、定番の「松村精肉店」でコロッケを追加。
神戸岩の静寂境でいただく。
うめや 唐揚げ弁当+うずら串
一時、小雨が降る。
神戸岩の新緑。
美しい・・・
念願の藤原・春日神社。
久し振りにソヴィエトレンズ・ジュピター3で。
この天狗面は古い文献・地元の伝承によると製作・奉納したのは日露戦争の頃、茨城県からこの地へやってきた鮭川安次郎(安次)という人物らしい。
戦勝祈願や地域の安寧を願ってこの巨大な天狗面を彫り上げたそうな。

檜原村藤原 春日神社
FUJIFILM X-PRO1
JUPITER-3 50mm F1.5

檜原村藤原
FUJIFILM X-PRO1
TTArtisan 25mm F2.0
泉沢 貴布祢伊龍神社

檜原村泉沢 貴布祢伊龍神社
FUJIFILM X-PRO1
TTArtisan 25mm F2.0

檜原村泉沢 貴布祢伊龍神社
FUJIFILM X-PRO1
TTArtisan 25mm F2.0

檜原村泉沢 貴布祢伊龍神社
FUJIFILM X-PRO1
TTArtisan 25mm F2.0
写真では分かりずらいが泉沢はこの先さらに急坂、激坂となって続くがここで戻ることにする。
いつもながら此処のモスグリーンは美しい。
午前中であればもっと輝いていただろう。

檜原村泉沢 貴布祢伊龍神社
FUJIFILM X-PRO1
TTArtisan 25mm F2.0

檜原村泉沢 貴布祢伊龍神社
FUJIFILM X-PRO1
TTArtisan 25mm F2.0
祠の前の砲弾はなんだろうか。。。
以下、Gemini先生の回答。
泉沢の**貴布祢伊龍神社(きふねいりゅうじんじゃ)**の傍らにある砲弾は、全国の古い神社で時折見られる「奉納砲弾」と呼ばれるものです。
なぜ神社の境内に戦争の道具である砲弾があるのか、その主な理由は以下の通りです。
1. 戦勝祈願と無事帰還への感謝
日露戦争や第一次世界大戦の頃、出征した兵士が無事に帰還できたことへの感謝や、国の勝利を祝う記念として、軍から払い下げられた砲弾を神社に奉納する習慣がありました。
「弾(たま)」と「魂(たま)」をかけたり、非常に硬く壊れないことから「不変の忠義」や「家運長久」を願う縁起物として扱われることもありました。
2. 忠魂碑や記念碑としての役割
貴布祢伊龍神社のような地域の鎮守様は、集落の人々にとって最も身近な聖域です。戦死された方々の供養や、その功績を称えるための「記念碑」の傍らに、当時の象徴として置かれるケースが多々あります。
3. 魔除け・力強さの象徴
鉄でできた重厚な砲弾は、その圧倒的な存在感から「悪しきものを寄せ付けない」魔除けのような意味合いで置かれることもありました。
檜原村内でも、歴史ある神社には日露戦争にまつわる石碑などが残っていることが多く、泉沢の砲弾も、おそらく当時の村の人々が平和への祈りや、郷土の兵士への思いを込めて、あえて神聖な場所に納めたものと考えられます。
藤原の春日神社の天狗面が「日露戦争の時期」に作られたというお話とも、時代背景として重なりますね。当時の檜原村の人々にとって、戦争という大きな国家的事象と、身近な神仏への祈りは非常に強く結びついていたことが伺えます。
小さな祠の横にひっそりと置かれた砲弾は、今は静かに地域の歴史の証人としてそこに在り続けているのでしょうね。
…とある。

あきる野市五日市 枡屋
草餅 豆大福 酒饅頭
五日市の旧宿場で200年以上続く和菓子屋「枡屋」で草餅・豆大福・酒饅頭を購入。
酒饅頭は上野原「植松」が私的にはやはり好み。
豆大福が最高に美味い!甘味は微かに塩味と豆の味、餅そのものが絶妙。
写真はないが元郷の例のお土産屋で井上商店のさしみ蒟蒻を購入。
キンと冷やして美味いのは勿論でした。































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